液体貨物を運ぶ船をタンカーといいます。とくに原油を運ぶ船をオイルタンカー、精製された重油や軽油を運ぶ船をプロダクトタンカーといいます。

原油とは?

原油とは地中から産出されたままの状態で、精製されていないドロドロの石油のことです。黒っぽくて粘り気があり、液化炭化水素が主成分です。原油を分留・熱分解などの方法で処理すると、重油・軽油・灯油・ガソリン・ナフサ・LPガスなどの石油製品や石油化学工業の原料ができます。これらは、船の燃料や火力発電所の燃料、車のガソリン、石油ストーブの燃料、アスファルトの材料、ガスコンロのガスなどとして、私たちが生活するうえで欠かせない製品となります。

石油の歴史は実は古い

天然のアスファルトは古代から使用されてきました。メソポタミア、ペルシャなどでは紀元前3200年ごろの遺跡にアスファルトを利用した痕跡が残されています。また、紀元前3000年ごろの古代エジプトでは、アスファルトが防腐剤としてミイラに使用されていました。
日本書紀にも668年に新潟で産出された「燃ゆる土」が天智天皇に献上されたという記述が残っていますが、おそらくアスファルトのことだと言われています。
石油産業としては、1870年にアメリカの石油王ロックフェラーがスタンダード・オイル社を設立したのがはじまりです。

人類史上最大の輸送機関 タンカー大型化の歴史

タンカーは運ぶ液体の量に対する燃費が特に重要となってくるため、大型の船が多いのが特徴です。一度でたくさん運べば運ぶほど輸送効率はよくなるからです。
そして1950年以降、日本が先導するかたちで、競い合うようにタンカーの大型化がはじまります。大きい船で400mを超えるものまでありました。東京タワーの高さをはるかに超える長さです。

1953 Stanvac Japan 載貨重量2.7万DWT(Dead Weight)
1956 Veedol 4.6万DWT
1960 長栄丸 6.0万DWT
1962 日章丸 13.2万DWT
1966 東京丸 15.4万DWT
1966 出光丸 20.9万DWT
1971 日石丸 37.2万DWT
1973 Globtik Tokyo 48.4万DWT
1975 日精丸 48.4万DWT
1977 Esso ATlantic 51.7万DWT
1980 Seawise Giant 56.5万DWT

造船所はさらに大きな100万DWTタンカーの建造を計画するほどでした。しかし、ここで大型化は打ち切りとなるのです。大型化すると喫水も深くなり航路が制限されること、荷役日数が長くなること、1973年と1978年の2度にわたるオイルショックの影響、油流出事故によるタンカーのタンク・サイズ規制国際条約の発効などが主な理由です。今では、20~30万トン級までが主流となっています。

最大級の環境破壊事故によって変えられたタンカーの構造

タンカーは昔はシングル・ハルといって、船の底や壁が一重の状態で中のタンクに石油を積んでいました。しかし海難事故が相次ぎ、船底や船側に穴があくとただちに原油が海へ流れ出し、海洋汚染を引き起こしてしまいました。最もひどい事故が、1989年のエクソン・バルディーズ号事件です。この事故は人為的環境破壊のうち最大級といわれています。エクソンモービルが運営していたエクソン・バルディーズ号はアラスカからカリフォルニアへ石油を運ぶ際、人為的なミスで暗証に乗り上げ、原油を24万バレルも流出させました。その後の対応も悪く、海鳥やラッコ、カワウソ、アザラシ、ハゲワシ、シャチ、サケが大量に死亡してしまいました。その後も何年にもわたって生物に影響を与え、深刻な被害を与えました。
(エクソン・バルディーズ号事件についての詳しい解説や痛ましい写真はこちらのHPに載っていました→『らっこちゃんねる』

この事故をきっかけに、タンカーはシングル・ハルから”ダブル・ハル”へ変更するよう義務付けられました。つまり、船の壁や底を2重構造にし、座礁してもただちに原油が流れないような構造にしました。また、万が一のときでも原油流出量を最小限にするようなタンク配置なども考えられました。

船の構造や進化のあゆみは大抵大きな事故がきっかけとなっているのですね。(”経験工学”といいます)

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