※この記事は2022年に書いています
陸では自動車の自動運転の開発が世界中で行われていますが、海においても船の自動運航の開発が進められています。
どうして船の自動運航(無人化)が必要なの?
船員不足だから
現在、日本では船員不足が問題となっています。しかも、内航船員の半数以上が50歳以上であり、高齢化も深刻です。人口減少のため船員の”なり手”が少ないだけでなく、せっかく船員になった若者が環境の悪さや人間関係などで辞めていくケースもあります。
無人運航の技術が発展すれば、ただちに「無人」というわけでなくとも船員の負担を減らせますし、今より少ない船員で運航することができるようになるでしょう。
船舶事故を減らせるから
現在、船舶事故の約7割がヒューマンエラー(人間が原因で起こるミス)によって引き起こされています。
内閣府HPによると、令和2年中の海難事故原因は、 見張不十分が340隻(17%),操船不適切が251隻(13%),船体機器整備不良が167隻(9%)等運航の過誤によるものが全体の59%を占め,これに機関取扱不良230隻等を加えた人為的要因に起因するものが全体の73%を占めていました。
そのつど対策を講じていても、毎年の事故件数が減少傾向にあるわけではありません。
機械は生身の人間と違って24時間稼働できますし、居眠りをしません。錯覚や思い込み、人間関係によるミスの指摘のしづらさ、うっかりミスなどもありません。自動運航によってヒューマンエラーによる海難事故を減らすことができると考えられています。
運航効率が上がり経済効果が得られるから
2040年に内航船の半数が自動運航になったとすると、経済効果は1兆円/年とも言われています。
自動運航によって船員を減らしたり将来的に”無人”が実現すれば、人件費の大きなコストカットとなるでしょう。
また、観光船や離島を支える船などは経済性が良くなるぶん運航本数を増やせるため、楽しみが増えたり暮らしが楽になったりするかもしれませんね。
無人運航船プロジェクトのはじまり
無人運航船のプロジェクトは「MEGURI2040」として、公益財団法人「日本財団」によって2020年にスタートしました。
https://www.nippon-foundation.or.jp/what/projects/meguri2040
MEGURI2040の由来は、船の自動運航によって流通・人・コスト・交通などの循環(めぐり)がよくなるということから、MEGURIと名付けられました。2040というのは、「2040年には内航船の50%を自動運航にする」目標を掲げてのことだそうです。
たくさんの企業がこのプロジェクトに関わっており、実現に向けて努力されています。
2022年1月には、世界初となる大型フェリーの自動運航を日本(日本財団、三菱造船、新日海フェリー)が成功させ、ニュースとなりました。
『大型フェリーによる無人運航実証に世界初の成功:MEGURI2040が見据える海の未来』
船の自動運航ってどうやるの?
そもそも、どのように船を無人で運航するのでしょうか。
通常は、船長、機関長、機関士、航海士、甲板長など、さまざまな船員さんが業務を行っています。この1つ1つの業務を細かく分解し、機械に置き換えていくイメージです。
人間の行動を、[認知]→[判断]→[操作]に分解して考えます。
たとえば、信号が青色から黄色に変わったときの自動車の運転手の行動を分解してみましょう。
ケース①
信号が黄色になったのを目で確認[認知]→ブレーキをかけて安全に止まれるだろうか?止まれそうだ[判断]→ブレーキを踏む[操作]
ケース②
信号が黄色になったのを目で確認[認知]→ブレーキをかけて安全に止まれない[判断]→気を付けてそのまま直進する[操作]
人間にとっては、[認知]は目・耳・鼻など五感、[判断]は脳、[操作]は体、が担っていることがわかります。
この働きを機械に置き換えると、[認知]はカメラ・レーダー・センサ・GPS、[判断]はコンピュータ・AI、[操作]は操船システム等、が担うイメージです。
[認知]カメラ・レーダー・センサ・GPSなど→
カメラ画像やレーダー・センサ情報・高精度な衛星データ等を使って、相手船、障害物、浮遊物、風、現在位置などの情報を集めます。また、船の位置情報AISもデータのひとつとして利用します。(※参考『衛星AISとは?沿岸部から離れた船の詳細と位置情報がわかる』)
[判断]コンピュータ・AI→
カメラ・センサ等から得られたたくさんの情報を統合させ、障害物を避けたり、船速を維持したりするための短期的な航路プランを作ります。また、過去の膨大な航海データをあらかじめ学習させたAIが、最も好ましい操船方法を数値モデルから割り出します。近未来の動きを予測しながら自動で離着岸させるシステムも開発されています。
[操作]操船システム等
コンピュータ・AIが割り出した航路プラン・操船方法の指示を受け、DPS(Dynamic Positioning System)やオートパイロット等が舵の角度やプロペラの回転数やピッチなどを制御して操船します。
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ここでもう一つ自動運航において大切な役割として、[予防予知]があります。人間でいうと、”健康診断”のようなイメージです。
[予防予知]
エンジンや発電機にセンサーを取り付けておき、稼働中の機器データを常に取得します。それを陸上のサーバに送信し、機器に異常がないかを検知・監視します。また、船内に監視カメラを設置しておき、配管から油が漏れていないかカメラ画像からAIが判断し、漏れている場合はシステムへ警告を出すシステムもあります。
無人運航だからこそ、故障予測や遠隔監視はよりいっそう大切になってきますね。
船の自動運航における課題
自動運航の試運転が成功したことから開発は順調に進んでいると思われますが、実用化に向けてはまだまだたくさんの課題があります。
・[認知][判断]の部分において
視界の良い状況ではカメラ画像等から相手船や障害物を高い確率で認識・区別できるのですが、夜間や濃霧など視界の悪い状況ではまだ対象物の区別がつきにくいようです。人間(ベテラン船員)だと、視界が悪くても船なのか障害物なのか正しくとらえることができる場合が多いのですが、そのさまざまな経験則や思考プロセスをデータとして集め、AIに学習させていく必要があります。
・シミュレータの開発・改善
実際の海では航路が狭かったり、悪天候、濃霧など複雑な条件が入り混じり、なかなかシミュレーションどおりにはいきません。実データをもとにシミュレータを改善し、シミュレーション結果の精度を向上させていく必要があります。また、現在は特定の湾岸に絞ってシミュレータを作りこんでいると思いますが、将来的にはどんな湾岸でも使えるようなシミュレータにしていかなければなりません。
・岸壁サイドとの連携
自動離着岸システムが開発されていますが、離着岸においては船サイドだけでなく、岸壁サイドの作業ともうまく連携をとる必要があります。(陸側の整備)
・スキルの定量化
自動運航を導入するためには、当然ながら機械のほうが人よりも優れていなければなりません。そのため、まずは人(船員)の能力を明らかにし、比較・評価できるよう定量化する必要があります。
・法整備
国際海事機関IMOは自動運航のルールを整理中ですが、日本も今後主導権を握るべくルール提案を行っていく必要があります。どの業界・分野でも同じことですが、新しい国際ルールが作られる際は自国が不利にならないよう、意見提案は積極的に行ってルール作りに関わっていくことが重要です。
・社会に認められ受け入れられること
どれだけ優秀で安全なシステムを作り上げたとしても、”無人運航船”が世間に理解され受け入れられなければ実用化することはできません。自動運航が当たり前の将来にするには、現段階から子供たちへイベントや教育を通じて知ってもらい、興味を持ってもらうといった活動が必要になってきます。
・その他
情報基地局の整備、ネットワーク環境の整備、データセキュリティの確保・リスク、船舶保険への影響(自動運航での事故は誰の責任?等)など、課題はまだまだ盛りだくさんです!
とはいえ、無人運航プロジェクトがスタートして2年、すでに実証実験が次々と成功しています。近い未来に期待できそうです。
参考:
・内閣府ホームページ「2 令和2年中の海難等及び海難救助の状況」https://www8.cao.go.jp/koutu//taisaku/r03kou_haku/zenbun/genkyo/h2/h2s1.html
・(Long ver.)【無人運航船実現への挑戦】DFFASコンソ―シアム ドキュメンタリー映像(日本郵船)
https://www.youtube.com/watch?v=3Xt7780SxvE
・日本船舶海洋工学会誌 KANRIN100 2022年1月号『特集:自動運航船の実用化に向けた取り組み』