※本サイトに時折含まれる商品リンク(書籍の紹介など)はアフィリエイトプログラムを利用しています。

船の戸籍「船籍」

海の上を航海する船の中はどこの国に属することになるのでしょうか。

私たちが実際に住んでいる住所とは別に本籍地に戸籍をもつように、船も特定の港に「船籍」が登録されます。この港を「船籍港」といい、その港が属する国を「船籍国」といいます。

船籍国は船の旗国(フラッグ)とも呼ばれ、船はこの国に属していることになります。

ちなみに船籍港の名前は船尾の船名の下に記載されますので、どこの国の船かは見ればすぐにわかります。

船籍は自由に選択できる ~便宜置籍船~

船籍をどの国・港に登録するかは、船のオーナーが自由に決めることができます。(参考:国連海洋法条約 第91条『船舶の国籍』)

船は船籍国の法律にしたがって、検査を受けたり、決められた条件の船員を乗せたり、税金を支払ったりしなければならないため、オーナーは船籍をどこに置けば有利な条件になるかを考えます。

船は、
  • 船籍国に対し、船の登録料を支払う
  • 船籍国の法律に従って定期検査を行う
  • 船籍国によって決められた条件の船員を乗せる
  • 船籍国へ租税や固定資産税を支払う

船舶登録料・税金の安い国、規制のゆるい国のほか、政治の安定した国、評判の良い国、船の産業を支えてくれる国などが船籍国として多く選ばれています。

このようにオーナーが自分の国ではなく便宜上あえて他の国に船籍を置くこと「便宜置籍」(FOC:Flag Of Convenience)といい、そのような船を「便宜置籍船」(FOC船)といいます。

実際には、オーナーは船籍を置きたい国に実態のないペーパーカンパニーを置き、その会社が船舶を所有する仕組みをつくっています。

船籍にパナマが多い理由

タンカーやバラ積み船などの商船の船籍にはパナマやマーシャル諸島、リベリアといった国が多く見受けられます。理由は、これらの国に船籍を置くとコストを抑えることができるからです。

抑えられるコストというのは主に人件費になります。(あとでも触れていますが税金逃れという意味では先進国も対策をとっており現在はあまり通用しません多くの国では、自国の船舶には自国の船員を乗せることを義務づけています。そうすると先進国の船舶には先進国の国民が船員として乗ることになり、人件費が高くなってしまいます。しかしパナマなどの国では自国の船員を乗せることを義務付けていないため、より給料の安いフィリピンやインドの船員を乗せることができるわけです。

さらにパナマなどの国では、船にかかる税金を優遇したりサービスを充実させたりして、外国から船舶の登録を誘致し税収入を得ています。自国に大きな産業がないため、ビジネスとしてこうした政策を行っているのですね。

なお、商船の船籍国のランキングは以下のとおりです。(2017年末データ、船腹量の大きい順) 
  1. パナマ
  2. マーシャル諸島
  3. リベリア
  4. 香港
  5. シンガポール
  6. マルタ
  7. バハマ
  8. 中国
  9. ギリシャ
  10. 英国
  11. 日本
(一般社団法人日本船主協会「統計データ『船籍国別商船船腹量(2017年12月31日現在)』」より)

1位~3位のパナマ、マーシャル諸島、リベリアは上記のとおりコストが抑えられるためでしょう。

香港、シンガポールあたりになると船籍への信頼性・アジアでの近隣性や、中国での優遇処置など様々な要因も絡んでいると思われます。

マルタやバハマはクルーズ船の船籍に人気です。クルーズ船の場合はたくさんの人々が乗るため、船籍が作り出すイメージも大切になってきます。マルタやバハマは地理上バケーションのイメージがありますし、政府もクルーズ船誘致のために制度改正を行ってきたので利用しやすいのでしょう。

便宜置籍船の問題点と対策

あえて他国に船籍を置くことで次のような問題が言われてきましたが、最近では対策を講じて状況は変わりつつあります。

船の責任の所在が分かりにくい

オーナー会社、船籍国、乗組員の母国、オペレーター会社がそれぞれ別の国にある場合、万が一船内で犯罪が起きたり海運事故が起きたりしたときにどこが責任を取るのかがわかりにくいという問題点があります。

→基本は「旗国主義」といって、旗国、つまり船籍国の法律に基づいて対処することになっています。船内で犯罪が起きた場合は犯人は船籍国の管轄で裁かれますし(※1)、海難事故が起きた場合は船籍国はきちんと調査が行われるように措置を取らないといけません。しかしあくまでどの国が管轄権を持っているかというだけで、船舶は船籍港に寄港する義務はありませんし、通常の国家と国民ほど強い結びつきは無いのが現状です。
(※1)TAJIMA号事件によって、日本人に対する犯罪行為は外国籍船であっても日本の法律を適用できるようになりました

一方、沿岸部においては海洋汚染や海上保全の観点では”寄港国のルールに従うべき”という考えが広がっており、管轄権に変化が生じはじめています。もともと「船籍」はどこの国にも属さない海を航行する船において国際的な秩序のために何かしらの規制下におくべきという考えからきているため、沿岸部のようにどこかの国に属する海の場合は沿岸国のルールに従うという考え方は自然なのかもしれません。

船員の質を高く保つことの難しさ

人件費の安い船員を雇った場合、先進国と同じ船員レベルを実現するのは難しく、船員のミスによる事故があいついだ時期もありました。

→船の運航会社も船員の質をあげようと協力する動きが出ています。たとえば商船三井や日本郵船などはフィリピンに船員養成施設をつくって教育を行っています。

国によって安全基準にバラツキがある

船籍国によって安全基準が異なるため、船体の維持管理レベルにバラツキが生じます。寄港国側からすると、自分たちの基準を満たしていない船が港に入ってくることは事故の原因になったり海洋汚染のリスクが高まったりするため、あまり望ましくありません。

→寄港国のほうで船舶を検査する制度”ポートステートコントロール”(PSC:Port State Control)ができ、寄港国の基準に満たしていない船は改善するまで出航を禁止することができます。船側としては、造船の段階で就航後に寄港する予定の国の基準も満たすように造られることが多いです。
また、ポートステートコントロールでは毎年、船籍国別に船の成績を発表しています。優秀な国はホワイトリスト、ホワイトまであと一歩な国はグレーリスト、成績の良くない国はブラックリストに入れられます。上で紹介した便宜置籍国の上位ランキングはすべてホワイトリストに入っています。ブラックリストの例(2019年)としては、アフリカのコンゴ共和国、トーゴ、コモロや、中央アメリカのセントクリストファーネービス、ベリーズ、アジアではパラオ、カンボジアなどが該当します。具体的なデータはこちら

自国船舶の減少

先進国オーナーが他国に便宜置籍することにより、先進国では自国の船舶が減少しています。日本も1970年代には1500隻以上あった日本船舶(外航)が、2007年にはわずか91隻まで減りました。

日本は資源の少ない島国で食物自給率も低いため、船での輸出入がないと暮らしていけません。それがもし100%外国船に頼っていることになると、外交上の問題が発生したり船員が母国に帰らなければならない非常事態になったりしたときに、貿易物資を安定して輸出入できなくなります。そういったリスクを避けるためにも、ある程度は自国船舶を持っておかねばなりません。

→日本政府は2008年ごろから対策をはじめました。オーナーが形だけの海外子会社で税金対策をするのを規制する制度「タックスヘイブン対策税制」や、貿易利益に対する所得税を船のトン数に対してのみなし税(業績に関わらず一定)に変更できる「トン数標準税制」などを導入・強化しはじめました。

また、日本籍船に要求する船員の条件を緩和し、船長と機関長以外は外国人船員を乗せられるようになりました。

2013年には安定した輸送の確保のため「準日本船舶」という形も導入しました。ふだんは外国船籍でも、非常時に速やかに日本船籍に”転籍”できる船は「準日本船舶」とし、トン数標準税制を適用できるようにするといった制度です。

これにより、2007年わずか91隻だったのが2017年には235隻まで日本籍船が増えました。(図1)

(図1)2008年ごろからじわじわと増えている日本籍船

外国籍船との割合でみると、底をついた2008年には日本籍船が全体の約3.6%だったのが、2017年には約8.7%まで回復しています。 (図2)

図2

とはいえ登録料や固定資産税等は便宜置籍国に比べるとまだまだ高く、人件費についても船長と機関長の2人だけでも日本人を雇うとコストが上がるため、外航における日本籍船の割合としては10%未満に留まっているのが現状です。経営面では船員全員を外国人にしたいところですが、日本人船員の確保や雇用維持の問題もあるため難しい部分もあります。

以上、船籍に関する色々なお話でした。

参考資料:

国土交通省「安定的な国際海上輸送の確保」
国土交通省「国際海事条約における 外国船舶に対する管轄権枠組の変遷に関する研究」
一般社団法人 日本船主協会 「統計データ」
マリタックス「法律事務所 急増する香港籍船舶に関する実務的検討」
河野真理子「船舶と旗国の関係の希薄化と旗国の役割に関する一考察」早稲田大学社会安全保障研究紀要3 p.155 – 179 2011年
日本船舶海洋工学会「トン数標準税制」
山尾 徳雄 「船舶の国籍と管轄権 」弓削商船高等専門学校紀要 (29) 2007年
海洋政策研究所「便宜置籍船はなくなるのか?」

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です